大津地方裁判所 昭和45年(行ウ)2号 判決 1972年7月31日
原告 中井静治郎 外五名
被告 栗東町長
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告ら)
一、被告栗東町長が、町道中田中線開設予定地のうち同町大字蜂屋字下田中及び大字野尻所在別紙図面の赤斜線部分につき、幅員六メートルの町道を開設しないことの違法であることを確認する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
一、本案前の申立
主文同旨。
二、本案に対する申立
(一)、原告の請求を棄却する。
(二)、訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、原告らは、いずれも栗東町の住民である。
二、1、栗東町議会は、昭和三七年三月二五日頃、同町大字蜂屋外九区の区長全員による請願をはじめとして、地域住民の再三にわたる強い要望により、同町大字手原地先国道一号線と同町大字野尻地先都市計画道路二三六号線を結ぶ延長約七二八メートル、幅員約六メートルの町道中田中線を建設することを議決した。
右議決により、昭和三八年度事業として同町大字手原地先国道一号線から同町大字蜂屋所在国鉄新幹線ガード下までの延長約四〇〇メートルの道路(別紙図面青斜線部分。以下本件道路既設部分という。)が完成したが、昭和三九年以降、右新幹線ガード下から都市計画道路二三六号線に至る約三〇〇メートルの部分(別紙図面赤斜線部分はその一部である。以下本件道路開設予定部分という。)については工事がなされなかつた。
その間に、訴外積水化学工業株式会社は、本件道路開設予定部分のうちの別紙図面赤斜線部分を含む付近土地(農地)を、同会社滋賀栗東工場の拡張のために昭和四三年八月頃から買収しはじめ、現在その所有権を有している。訴外会社は、右買収の際被告に対し買収土地のうち本件道路開設予定部分については、町道建設の時には訴外会社の買収費相当額で提供する旨確約しており、各土地の所有者らも、この確約を信じて訴外会社に土地を売渡したのであり、また農地を工場用地に転用する許可も、右道路用地提供を条件としてなされていたものである。
その後、原告らをはじめとする地域住民の再三にわたる陳情により、同町議会は、昭和四四年九月二七日定例町議会に於て、被告より提案された訴外会社所有の別紙図面赤斜線の部分の土地を買収するための費用として、金四三〇万の道路費の支出を議決した。
ところが、被告は右会計年度内に右予算を執行せず、そのため同町議会は、昭和四五年三月二六日右道路費の繰越明許を議決し、同時に開設予定部分の道路開設の早期実現を要望する旨の決議をしたけれども、右予算は依然として執行されなかつた。
2、被告が、右予算の執行を怠つているのは、訴外会社が本件道路開設予定部分を町に提供することを条件に買収しておきながら、工場敷地の中に道路が貫通することを嫌つて、これを回避すべく町当局に働きかけたため、町当局が訴外会社と不当に結託し、訴外会社の利益のみを守ろうとしたためである。
被告は、地方公共団体の長として善管注意義務に従い予算を執行すべき法令上の義務があるが、右のような理由により予算の執行をしないことは違法に(少なくとも不当に)予算の執行を怠るものというべく、このことは、本件道路開設予定部分の土地の取得を違法に(不当に)怠ることとなり、そのために本件道路既設部分も道路としての本来の効用を果しえないことになるから、違法に(不当に)財産の管理を怠るものというべきである。
三、そこで、原告らには、訴外高田末広、同田中悟三郎らとともに同町監査委員太田寅太郎、同高岡純一に対し、昭和四五年九月八日付「滋賀県栗太郡栗東町職員措置請求書」と題する書面により、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をなしたところ、同委員らは、同月一〇日付「栗東町長に関する措置請求に対する監査結果について(通知)」と題する書面により、監査の結果請求にかかる違法(不当)の行為の事実はない旨原告らに通知した。
しかしながら、原告らは、右監査の結果に不服である。
四、なお、前記道路買収のための予算は、昭和四五年会計年度の繰越明許費であつたので同会計年度の経過により失効したけれども、同町議会は、前記のとおり町道中田中線を建設することを議決しているのであるから、被告は、依然として右道路を建設して完成すべき義務があるものというべきである。
したがつて、被告が本件道路開設予定部分のうち別紙図面赤斜線部分につきこれを買収により取得して道路を建設しないことは、違法に財産の管理を怠るものというべきである。
よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二、一項、三号の規定に基づき本訴に及ぶ次第である。
(被告の本案前の抗弁)
一、行政事件訴訟法一条によると、行政事件訴訟については他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによるものとされている。
原告は、被告が町道用地買収のための予算を執行しないこと、あるいは、訴外会社から道路用地を買収して町道を開設しないことが違法である旨の確認を求めるが、このような確認訴訟は、右行政事件訴訟法に定められた訴訟類型のいずれにもあたらず、また、他の法律にもそのような訴訟を認める特別の定めがないから、本件訴えは不適法というべきである。
二、本件訴えが、地方自治法二四二条の二の規定にもとづく違法に財産の管理を怠る事実の確認を求めるものであるとしても、本件予算の執行そのものは右の財産にあたらないし、また本件道路開設予定部分の土地は、将来買収によつてはじめて町有財産になるのであるから、買収前の現段階では、まだ右の財産にはあたらないものというべきであり、したがつていずれにしても本件訴えは不適法というべきである。
三、本件道路開設予定部分のうち、訴外会社所有の土地を買収するための予算は、昭和四四年度のもので、昭和四五年度への繰越明許費とされていたけれども、同年度中に執行されなかつたので昭和四六年三月三一日限り失効した。
したがつて、被告は右予算を執行することが不能となり、現在では本件訴えの利益はないものというべきである。
(請求の原因に対する被告の答弁及び主張)
一、請求の原因一、同二の1、同三各記載の事実は認めるが、その余の請求原因事実は否認する。
二、被告が本件予算を執行しなかつたのは、以下の理由によるものであつて、何ら違法な点はない。
町議会が昭和四四年九月町道中田中線の用地買収として、金四三〇万円の本件予算を計上したのは、これより先に行なわれた同年八月の町の協議会において、本件道路はいわゆる請願道路で地元住民が同町条例に基づく分担金を醵出することを条件として予算化が認められたからである。しかし、その後地元の野尻区をはじめ八区長より、右道路の開設を取り止めるよう、したがつて、分担金の醵出には応じられない旨の陳情があつた。
被告としては、予算として計上されたことであるし、出来る限り地元の協力を得て本件道路を開設したいと考え、昭和四五年三月町議会の議決を得て、右予算を繰越明許費とし、昭和四五年会計年度内に執行すべく予定していた。
ところが、同年九月町議会に中田中線道路建設促進調査特別委員会が設けられ、調査の結果昭和四六年三月町議会において同委員会委員長から、本件道路を請願道路として現時点で処理することは無理であり、委員会としては、主要道路に計画変更することを町当局に強く要望する旨の報告がなされた。
そこで、被告としては、関係地元区長に反対があり、分担金徴収の見込みもない現状において、あえて本件予算を執行することは、却つて町に不要の支出を強いる結果になるものと考え、本件予算を執行しなかつたものである。
(被告の主張に対する原告らの答弁)
被告主張事実のうち、原告ら主張に反する部分は否認する。
地元住民が分担金の醵出を拒否したことはなく、被告主張の地元八区長の本件道路取止めの陳情なるものも、故意に地元住民に過大なる分担金を課してこれに応じられないという名目上の理由を捏造して、右区長らから提出させたものにすぎない。
被告が、本件予算を執行しなかつたのは、右のような地元住民の反対があつたからではなく、前記の通り、訴外会社の働きかけにより、これと不当に結託したために外ならない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、原告らの本件訴えは、被告栗東町長が町道中田中線の本件道路開設予定部分のうち、訴外会社所有の土地(別紙図面赤斜線部分)について、これを買収すべき予算も計上されていながら正当な理由なく買収に着手せず、道路を開設しないことは、右予算が失効したとしても、町議会が右開設予定部分の道路を建設すべきことを議決しているのだから、違法に財産の取得を怠るものというべく、これは本件道路開設予定部分の土地あるいは既設部分の土地につき違法に財産の管理を怠る場合に該るとして、地方自治法二四二条の二、一項三号の規定に基づき、右財産の管理を怠る事実の違法確認を求める訴えと解される。
二、ところで、同法二四二条、二四二条の二の各規定において「財産の管理」という場合の財産とは、同法二三七条一項所定の公有財産、物品、及び債権並びに基金で、すでに地方公共団体に属しているものと解すべきであつて、原告らが主張するような、未だ地方公共団体たる栗東町の所有に属さず、将来町道用地として買収を予定しているにすぎない土地のようなものは、前記の財産に当らないというべきである。
したがつて、本件道路開設予定地部分の土地に対する管理の当否は、これを前記法条による住民訴訟の対象とすることはできない。
三、また、本訴が本件道路既設部分の管理を対象としているものとしても、原告らの主張によると、本件道路開設予定地部分の土地を取得するとか、道路を開設、延長するという事実が本件道路既設部分(財産)の管理に入るということになるが、公有財産である道路に対する財産上の管理とは、その道路敷地を不動産一般としてその所有の目的に応じて良好な状態に維持、保存することであり、それ以上に道路を延長するなどして道路としての効用を維持、増大するようなことまでも、右の意味における財産の管理に含まれるものと解することはできないから、本件道路開設予定地部分の土地を取得するとか、ここに道路を開設するというようなことは、本件道路既設部分(財産)の管理には当らないというべきである。
四、いずれにしても、原告らの主張自体からして原告らが違法確認を求めるところの怠る事実そのものが住民訴訟の対象となるべき財産の管理に当らないものであるから、これが違法性の有無という本案の判断に立入るまでもなく、本件各訴えは不適法なものとして却下を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井玄 杉本昭一 木村修治)
別紙
図<省略>